喫茶店の倒産が相次いでいる。調査会社の東京商工リサーチ(東京都千代田区)によると、2019年1~8月の喫茶店の倒産件数は42件。前年同期は31件だったので、35.4%も増えている。同社によると、過去20年間で最も倒産が多かったのは2011年の70件だという。2019年もこのまま推移すれば、この数字にも迫る可能性がありそうだ。

 東京商工リサーチはこうした状況について、コンビニ各社が提供しているコーヒーや、タピオカドリンクのブームなどを理由として挙げている。全日本コーヒー協会発表の「喫茶店の事業所数及び従業員数」によると、国内の喫茶店事業所数は1981年にピークを迎えた。当時は15万軒ほどあった喫茶店は、年を追うごとに減少を続け、2016年時点ではおよそ6万7000軒。消費増税もあり、今後はさらに喫茶店にとって厳しい状況が続きそうだ。

 こうした中で、新宿にあるレトロな“純喫茶”が9月、2号店を西新宿に出店した。店名は「珈琲西武」。新宿三丁目にある1号店は1964年にオープンし、今年で55年目を数えるほどの老舗純喫茶だ。喫茶店チェーンでは、200円台からコーヒーが飲める店も増えている中、珈琲西武のコーヒーは最低でも600円。それでも、曜日を問わず入店待ちの行列ができるほどの人気ぶりだという。

 喫茶店にとって厳しい情勢が続く今、なぜこんなにも人気なのか。また、このタイミングで新たに出店を決めたのはなぜなのか。担当者に直接取材してみた。

1杯600円は安い?高い?

大手喫茶店チェーンでは200円代でコーヒーを提供する店もあり、コンビニでは100円で買うことができる。ワンコインでコーヒーを味わえる時代に、1杯600円はやや高い価格だといえるかもしれない。

 珈琲西武の運営元である新宿メトログループに属する三信商事(東京都新宿区)の村山拓氏は「確かに『高い』という受け止め方ももちろんある。しかし、商品だけではなく、『時間』も売っている。コーヒーを飲むだけでなく、おしゃべりをしても良いし、新聞を読んだり本を読んだり、仕事をするのも良い」と話す。確かに、店内の椅子はソファ調になっており、座り心地が良い。ゆったりとした音楽もかかっており、居心地が良い空間が形成されている。

 こうした空間の根強いリピーターも多い。かつては今以上に常連客も多く、来店すると利用する席もスタッフの中で“暗黙の了解”のように共有されていたという。常連客同士のコミュニティーも形成されており、常連の1人が来ていないと他の常連が心配する、というようなこともあった。2号店も、オープンからまだ日が浅いが既にそうした席ができている。また、人材の確保にも良い作用をもたらしている。一般的に人気が低いとされる飲食業だが、アルバイトの募集をした際にはすぐに埋まってしまうほどの人気だという。「もともとお店のファンの方が応募してくるケースも多い」(村山氏)といい、ファンであるがゆえに目的意識も高く、働くことに誇りを持ったスタッフが日々サービスを提供している。

あえて非効率に

珈琲西武がこだわっているのが「非効率」だ。「言葉を選ばず言えば、極力無駄なことをやろう、というのが大きなこだわり。だから、手作りできるものは手作りをする」(村山氏)。

 例えば、「自家製プリンのプリン・ア・ラ・モード」(1300円、税込)に使われるプリンは、読んで字のごとくシェフが手作りしている。これだけでは「別に普通じゃないか」と思う人もいるかもしれない。ただ、「プリンだけ」の商品は存在せず、プリン・ア・ラ・モードでしか使われないというから驚きだ。「プリン・ア・ラ・モードが注文されなければ無駄になってしまうかもしれない。しかし、商品に自信があるからこそこうした思い切ったことができる」と村山氏。

 今ではコーヒーに欠かせないものといっても良いガムシロップも、毎日水と砂糖から手作りしている。モーニングなど、料理のプレートで付け合わせとして提供されるポテトサラダも手作りだ。

 ガムシロップもポテトサラダも、多くの店では既製品を仕入れて使用している。「そうしたものを使うことももちろん否定しない。ただ、そうすると『文句』はないけど『感動』は生まれない。例えば『このポテトサラダ、お母さんの味に似ているな』と思ってもらうことができたら、きっと当店の魅力が伝わる」と村山氏は話す。

2020年のオリンピックを新たなきっかけに

 今回2号店を開いたのは、2020年に東京でオリンピックが開催されるからだという。珈琲西武がオープンした1964年は、東京オリンピックが開催された年でもある。これについて、村山氏は「日本が復興で盛り上がり、最も元気があった時代の1つ。そこに東京オリンピックが開催され、当社としても1つの節目を作ることができた」と話す。「2020年に再び東京でオリンピックが開かれることになり、『珈琲西武として新しいことをやってみよう』となり、2号店をオープンした」。提供されるコーヒーカップの裏には「1964」と刻み、ソーサーには「2020」と刻まれている。

同グループは、創業者が1945年に始めた靴の販売や飲食業にルーツを持つ。戦後の復興時代に必要とされた、スマートボールやキャバレーなどの娯楽業を展開し、成長を続けてきた。復興の流れの中、新宿が盛り上がっていた時代に珈琲西武はオープンした。

 「オープンした当時は復興が落ち着き始めて、生活をより良くしていくという流れがあった」と村山氏。社会に「復興」という重しがなくなり、「楽しむ」へと人々の関心が移りつつあった時代だという。当時は新宿三丁目周辺に数多くの喫茶店があったというが、今ではその数は大きく減少している。

 目まぐるしく変化を遂げる街の中で、珈琲西武はどのように変化をしてきたのか。村山氏に聞いたところ、「商品やサービス自体は昔から大きく変わってない。むしろ変わったのは外部環境の方だ」と話す。「その時代のムーブメントに合わせて店作りをしていたのでは、時代が変わったらダメになってしまう。『これが良い』と思ったものを突き通せば、成功する可能性も高まるはず」。

 例えばメニュー1つとってもそうだ。珈琲西武の看板メニューともいえる自家製プリンのプリン・ア・ラ・モードは、オープン当時には「質より量」(村山氏)という世相に支持され、人気を博した。1つの皿の中にプリンや果物が所狭しと並びボリューム感のある商品は、今でも変わらず存在する。しかし、時代を経ることで、単に「量」ではなく「質」も評価されるようになった。また、見栄えもすることから、最近では若い女性のお客も増えてきているという。

お客との接点を増やす

こうした「時間消費型」と呼べる店は価格が高いこともあり、一見客にはハードルが高く、なかなか入りづらい。「自分だけでは入らないが、先輩や上司に連れられてきて魅力を知っていただくお客さまも多い。ただ、今は『上司と部下』などの人間関係が希薄になっている。知っていただく機会をなかなか作れていない」と課題を挙げる。

 根幹は変わらないながらも、店を長く続けるため、お客との接点を増やすことに最近は注力している。例えば、ショーケースだ。これまでも、縦に細長いタイプのショーケースは店頭に置かれていた。しかし、展示できる商品が少なく、商品の魅力を生かし切れていないと考えていた。そこで、十数年前に調理の担当者らと話し合い、より大きく多くの商品を展示できるタイプにリニューアルした。道を歩いている人の目に付きやすくなり、売り上げも徐々にアップ。土日などで特に効果が現れ、最終的にはリニューアル前の2倍近くにまで伸びたという。また、サラリーマンとの接点を増やすために会議スペースを導入したり、コンセントやWi-Fiを導入したりもしている。

 喫茶店にとって厳しい状況が続く中、長らく営業を続けてこられたことについては、「自社の保有するビルに出店できたことが、大きな理由。喫茶店の多くはロケーション勝負。良い場所に出店するには、高い家賃がかかる」としながらも、こうした「変わらない」ことに対するお客の信頼も長寿の1つだといえるだろう。
 効率を追い求め、より安く商品を提供することがビジネスの基本だとするならば、珈琲西武はその逆を突き進んでいる。しかしながら、多くのお客の支持を得ているのも事実だ。街中に同じような見た目のチェーン店が多く立ち並ぶようになっている中、昔ながらの個人店などが生き残っていくためには、こうしたある意味で「頑固」な姿勢が必要なのかもしれない。